ポリタンクの中で

676 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :アンゴルモア暦06/04/01(金) 23:54:47 ID:3E4fJhhP0
ある時期、毎月登っていた山には、湧き水があった。
水道からポリタンクに注いだ水を持ってそこまで行き、そこで水を捨て、
湧き水に入れ替えるのが習慣だった。
ポリタンクは直方体に丸い口がついている形で、容量は1リットルから
2リットル程度。
必ず、どんな時でもそこでは小休止を取った。

週休二日など夢物語だった頃、仕事を片付け、一人で夜の山道を歩いていた。
翌朝の出発地まで、できるだけ早く着いて、眠りたかった。

休憩したのは、そこがいつもの場所だから、大変うまい水が
湧いている場所だからに過ぎない。
とはいえ、ぽつんと一人。
さっさと水を入れ替えてしまおうと、ポリタンクから水を捨てて
藪を掻き分け、湧き水の流れにポリタンクを沈めた。

ふと気付いた。
手元が明るい。
見回すと、漆黒といって良い闇。
手元に目を落とすと、やはり明るい。

ポリタンクが、というよりポリタンクの中で水が光っているのだ。
ゆらゆらと揺れる水に合わせるように光が揺れている。
小さな流れからポリタンクの口に触れ、流れ込んだ水が
光を発している。

不思議な思いで水を眺め、ポリタンクを目の高さに掲げた。
半透明のポリタンク越しに光る水の水面上、何かが光を
はね返してきらめいている。

677 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :アンゴルモア暦06/04/01(金) 23:55:48 ID:3E4fJhhP0
虫だろうか。
光はともかく、虫や木の葉が入り込むのは、それほど珍しい事ではない。
ポリタンクの口から中を覗いた。

合戦中だった。
小さな小さな船にのぼりを立て、もっと小さな人間同士が刀と槍で戦っている。
声は聞こえず、赤と黄色の二手に分かれた小船の集団同士が船を寄せ合い、
小さな人々が船から船へと跳び渡り、突き合い、斬り合っている。
服装は色鮮やかだが、それ以上はよく分からないほど人々は小さい。
もっとよく見ようとポリタンクを傾けると、船が湧くように現れる。
水面が揺れると、その小さな突起が形をなし、小船が現れるといった按配だ。
斬り合いに負け、船から転げ落ちた小人は、しぶきも上げず、そのまま
水に溶けてゆく。

何かを積み上げ、それに火を放って火の玉のようになった小船が水面を走り、
それに体当たりされた小船は、ひとたまりもなく砕け、沈んでしまう。
ポリタンクを揺らし、水面が揺らめくと、沈んだよりも多いかと
思えるほどに、小船が湧き上がる。
際限のない殺し合いを目の前で見ているにも関わらず、美しかった。
間違いなく、美しかった。

ぴちっと水がはね、俺の目に当たった。
目をつぶり、目を開き、まばたきをした。
闇だった。
水の流れる小さな音が聞こえた。
ポリタンクに口をつけ、水を飲んだ。
うまかった。

 

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